イギリスの音楽産業について考えるブログ
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2011/01/01 13:18
音楽業界の向かう先~ミュージシャン、ビジネス、そしてファン~
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新年あけましておめでとうございます(スキャンがないのでこんな荒い画像で申し訳ない・・・)。

拙ブログを読んでくださり、いつもありがとうございます。昨年1月末に帰国してからは、週末更新でマイペースに進めてきたにも関わらず、嬉しいことに見に来てくださる方この1年で少しだけ増えました。とてもありがたく思っています。更新回数の減少で重要ニュースの取りこぼしもかなり多かった(特に著作権法関係)かとは思いますが、今年はもう少し頻繁に更新できるよう努めて参りますので、どうぞよろしくお願いいたします。

さて、昨年最後のエントリーにしようと思っていたネタを書きそびれてしまったので、今年1発目として書こうと思います。何かというと、“ポピュラー音楽とどう付き合っていくか”について。そして音楽業界の未来について。そのために、まず“ポピュラー音楽とは?”について書いてみます。この件に関しては、実は大学院在籍中に2度ほど書かせて頂きました:

前期終了 - Green Sound from Glasgow(5/12/2008)
評論家を疑う - Green Sound from Glasgow(8/12/2008)

ポピュラー音楽学を学んだ上で、私自身が理解する“ポピュラー音楽”は、「“アート”と“商品”という二面性を持っている。ある人が、音楽という名の下にある創作物を生み出し、それを媒介(ここで言う“媒介”は、アンプからハードウェア、マスメディアに至るまでを指す)を通じてより多くの人に伝えようとする。その伝えようという行為には、商品として売り出すという行為も含む」といったところだろうか。ミュージシャンが音楽関連企業(レーベル、マネージメントなど)と契約する行為は、自分たちの創作物をビジネスとして扱っていくという契約でもあると思っている。だから、ミュージシャンには音楽に徹して欲しいし、そうゆう環境が与えられるべきだとは思うけど、個人的には、彼らには自分のビジネスに無関心でいて欲しくない。ビジネスをどう動かすかで、本来の“より多くの人に聞いてもらいたい”という彼らの本来の目的にどうたどり着けるかが変わってくると思うから。残念な事に、私はミュージシャンでもマネージャーでもないので、この点に関しては完全に私個人の推測に基づく意見でしかないのですが。

この前提を元に話を進めると、ポピュラー音楽というのは、作詞家/作曲家/演奏家の手を離れた瞬間から、ものすごくコマーシャルな流れに乗ることになります。レコードを出したりツアーをする過程でファンがつき、マスコミが追いかけ、評論家が批評し、時には異業種とのコラボレーションがあり・・・と、色んな人やものが巻き込まれていく。しかし、どんな時にもその中心にいるのはその音楽という創作物を生み出したミュージシャン。もちろん細かいところも含めて全てとは言いませんが、たとえどんなにダサイことでもずるがしこく見えることでも、基本、ミュージシャンのGoサインなしにそれらビジネスが進んでいるということはないと考えて良いと思います(あってもいつかそのミュージシャンにばれてニュースになるでしょう)。先日、宇多田ヒカル氏が、以前所属していたユニバーサルが彼女の許可なしにベスト盤をリリースした件について、ファンに不買を求める出来事がありました。この作品は、彼女とユニバーサル双方が同意し交わした契約に則ってリリースされたもの。ミュージシャンの望まないリリースは残念ではありますが、やはり、もしそういったリリースをされたくなかったら、宇多田氏がユニバーサルと契約する時点で手を打っておく必要があったと思います。それを全てユニバーサルのせいにするのはミュージシャンにとっても、またファンにとってもあまりに都合が良すぎる。以前拙ブログでも、事例の種類は異なりますが同じような結論に至るエントリーを書きましたので、興味のある方は是非:

音楽業界側が常に悪いわけではない - Green Sound from Glasgow (11/9/2010)

さて、“ポピュラー音楽との付き合い方”に移ります。私はティーンになる直前にロックに出会って以来、日本で一音楽ファンとしてCDを聞き、ライブに行き、音楽雑誌やウェブサイトを読みまくる学生時代を過ごしてきました。その後、イギリスでポピュラー音楽学を学ぶことになるのですが、先述したポピュラー音楽の二面性について深く学ぶにつれ、音楽のビジネス的側面を知ってもなお決して揺らぐことのなかった“音楽は本来アート”という心の根底の部分をズタズタにされました(つまり、それは思い込み、幻想だったのですね)。言葉で説明するのが大変難しいのですが、「ポピュラー音楽とビジネス」だけなら何てことなかったものの、音楽とアートの部分に切り込まれた時の衝撃は大きかったのです。その時に、自分は完全にフラットになれたと思っているのですが、その状態で日本に帰ってきた時、「日本の状況はちょっとやばいな」と。様々な要因が複合的に絡み合った結果、日本で音楽ファンをやっていると、どうもミュージシャンが必要以上にピュアな存在に見えてくると言うか、偶像崇拝的にミュージシャンを見てしまうのではないかと。先の宇多田氏の件でも見られたことですが、何かネガティヴなことが起こった時、状況がよく分からないからやたら“ミュージシャン以外”に責任を求める、もしくは、盲目的にミュージシャンを擁護するファンがいる。“アーティストだからしょうがない”とどうゆう訳か特権を与えられていることもある。冷静に考えれば、実はミュージシャンにその非難が行くべき場合だってあるはずにも関わらず、です。

私は、この状況は決して望ましいものだとは思っていません。音楽業界の未来を考えるとしたら、やはりもう少し俯瞰して音楽を見ることの出来る環境を作っていくべきだと思う。ミュージシャン、ミュージシャンを取り巻くビジネス、そしてファンがお互いの立場や役割、そしてお互いの関係性を理解しようとしない限り、既に沈みかけている日本の音楽業界はこのまま廃れていくだけ。最終的には、生み出された音楽やライブ・パフォーマンスが何よりも大事。ただ、だからといって、良い面だけをひたすら見せる(時には不必要に感情を煽る)とか、良い面だけを見ようとしてその裏で起こっている営みに無関心でいることや、その裏の営みを不必要に“隠す”その先に、果たして音楽業界の未来があるのかな?と。特に、これからミュージシャンや音楽ビジネスに従事する人、そして音楽ファンとして成長していく若い子たちには、もっと可視性のある音楽シーンの中で音楽を聴いてもらいたい。そうすれば、今までのレールとは違ったレールを敷くことの出来る人が必ず現れるはずだし、より良い音楽制作環境も作れるだろう。ファンによりありがたいビジネスモデルを作る可能性も広がる。何も分からないうやむやな状況で褒めあったり逆に非難しあったりでは何も生まれない。

長くなりましたが、この「もう少し俯瞰して音楽を見ることの出来る環境を作っていく」ために、これからもコツコツとこのブログを更新続けたいと思います。改めて、今年もよろしくお願いします。
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anno69(@yano)

  • Author:anno69(@yano)
  • イギリスの音楽産業、特にデジタル・ミュージックと音楽産業における環境問題対策に関するブログ。スコットランド大学院留学記も。
    管理人は、スコットランドのグラスゴー大学大学院ポピュラー音楽学コースを修了し、帰国。音楽好きの普通の会社員をしています。お問い合わせは cielo0818_ls [at] hotmail.com までお気軽にどうぞ。
    A blog dedicated to topics of the UK music market in particular digital music, copyright and environmentalism in pop music.

    ●Twitter:http://twitter.com/anno69
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